刀の基礎知識

刀剣の流派

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かつて、日本各地には多くの刀工が存在しました。それぞれの地域で活躍した刀工が作り出す刀剣の特徴は様々で、その違いは刀剣鑑賞における見どころのひとつになっています。刀剣の需要と共に隆盛を極め、時代の流れのなかで消滅していった刀剣の流派には、どのような特徴や特色があったのか。「刀剣の流派とは何か」と共に、各地方で活躍した著名な流派をご紹介します。

刀剣の流派とは?

地域や刀工によって生じる違いのこと

日本刀は、作刀された年代によって「古刀」(ことう)と「新刀」(しんとう)に大別されるのが特徴。古刀は、平安時代中期~安土桃山時代末期までに作刀された刀剣のこと。「新刀」は、安土桃山時代末期~江戸時代中期までに作刀された刀剣のことを指します。

このうち、刀剣の流派が多く生まれたのは古刀の時代です。特に鎌倉時代は、作刀された地域によって形状や「地鉄」(じがね:刀身の下地部分に現われる模様)、「刃文」(はもん:刀身に現われる白っぽい模様)などに地域差が生じました。

刀剣に地域差が生じて、刀剣の流派が生まれた理由は、流通や交通が未発達であったため。交通などが不便であるということは、原料の調達は現地が基本である他、刀工達も容易には移住が叶わなかったのです。そして、各地の刀工は独自の鍛刀方法で刀剣を作刀したため、刀剣の形状や特徴に違いが表われるのは当然のことでした。

地域差が少なくなった理由

時代が下がり、原料の生産量が増え、交通や流通が発達していくにしたがって徐々に地域差は減少。各地で修業を積んだ刀工達が、比較的容易に移住することが可能になった結果、様々な流派の特徴を併せ持つ刀剣が作刀されるようになるのです。そうして、刀剣には流派による違いではなく、刀工達の個性が反映されるようになりました。

各地の流派

刀剣の流派は、古刀・新刀の両時代を合わせて150以上も存在したと言われています。しかし、ほとんどの流派は刀剣需要の低下によって消滅したため、現存する作は文化財として非常に貴重です。各地方で活躍した刀剣の流派と、著名な刀工・作品をご紹介します。

東北地方の流派

舞草鍛冶

「舞草鍛冶」(もくさかじ/もぐさかじ)は、平安時代中期に陸奥国一関(現在の岩手県一関地方)で刀剣を作刀した流派。作られた刀剣は「舞草刀」(もくさとう/もぐさとう)と呼ばれ、蝦夷一族から重宝されていましたが、活動年代が古いうえに交通が未発達な時代であったたため、その作はほとんど現存していません。

太刀 銘 舞草
太刀 銘 舞草
舞草
時代
鎌倉時代末期
鑑定区分
その他
所蔵・伝来
関市博物館

宝寿鍛冶

宝寿鍛冶」(ほうじゅかじ)は、平安時代末期から室町時代初期まで奥州平泉(現在の岩手県南西部)で刀剣を作刀した流派。

舞草鍛冶の末流と言われており、鎌倉時代後期に筑前国(現在の福岡県北西部)や大和国(現在の奈良県)へ移住し、その鍛刀技術を広めたと言われています。

月山鍛冶

「月山鍛冶」(がっさんかじ)は、鎌倉時代から室町時代にかけて出羽国(現在の山形県秋田県)で刀剣を作刀した流派。舞草鍛冶と共に蝦夷一族の御用鍛冶として活躍した流派で、「綾杉肌」(あやすぎはだ:別名[月山肌])と呼ばれる独特の模様が刀身に現われるのが特徴。現代でも、幕末時代に大坂へ移住した系統が刀工として活躍しています。

刀 銘 月山貞利
刀 銘 月山貞利
大和国住
月山貞利彫同作
(花押)
平成十二二壬午年二月吉祥日
時代
現代
(現代刀)
鑑定区分
未鑑定
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

中部地方の流派

関物系

関物系」(せきものけい)は、美濃国関(現在の岐阜県関市)で南北朝時代に誕生し、室町時代後期に最盛期を迎えた流派。日本刀の主な5つの生産地「五箇伝」(ごかでん)のひとつである「美濃伝」を代表する流派で、関物系が鍛えた刀剣のことを「関物」と呼びます。関物は、「織田信長」や「豊臣秀吉」、「徳川家康」などの著名な戦国武将の天下取りに多大な貢献をした流派と言われており、岐阜県関市は現代でも、刃物の生産地として世界的に有名です。

刀 銘 兼元
刀 銘 兼元
兼元
時代
室町時代後期
鑑定区分
重要刀剣
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
五箇伝の名工
日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。
美濃伝の刀剣 関市
世界でも有数の刃物の産地である美濃伝の岐阜県関市についてご紹介します。

島田派

「島田派」(しまだは)は、室町時代中期に駿河国嶋田(現在の静岡県島田市)で活動した刀工「義助」(ぎすけ/よしすけ)を開祖として、江戸時代中期まで刀剣を作刀した流派。

義助は、天下に名高い3口の天下三名槍」(てんかさんめいそう)のひとつ「御手杵」(おてぎね)を鍛えた刀工として知られています。

御手杵
御手杵
義助作
鑑定区分
未鑑定
刃長
所蔵・伝来
結城晴朝
天下三名槍 写し作刀プロジェクト
名古屋刀剣ワールドにて行われている「天下三名槍 写し作刀プロジェクト」をご紹介します。

村正一派

村正一派」(むらまさいっぱ)は、室町時代に伊勢国桑名(現在の三重県桑名市)で活動した「千子村正」(せんごむらまさ/せんじむらまさ)を祖として、江戸時代中期まで刀剣を作刀した流派。

村正一派が作刀した刀剣は「妖刀村正」の異名で知られていますが、その理由は「徳川将軍家」に災いをもたらしたため。江戸時代以降、諸大名のなかには徳川将軍家に遠慮して村正一派の刀剣を破棄したり、わざと(めい:作刀者や所有者のサイン)を削ったりした者もいたと言われています。

刀 銘 村正(天正頃)
刀 銘 村正(天正頃)
村正
時代
室町時代
鑑定区分
特別保存刀剣
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

関西地方の流派

粟田口派

粟田口派」は、鎌倉時代初期から鎌倉時代中期にかけて、山城国粟田口(現在の京都府京都市東山区粟田口)で刀剣を作刀した流派。

鎌倉時代中期に活躍した「藤四郎吉光」(とうしろうよしみつ)が特に著名で、豊臣秀吉によって「正宗」や「江義弘/郷義弘」(ごうよしひろ)と共に「天下三作」(てんがさんさく)と称されました。また、藤四郎吉光は徳川家康の切腹を阻止したと言われる「薬研藤四郎」(やげんとうしろう)を作刀したことでも有名です。

薬研藤四郎
薬研藤四郎
吉光
鑑定区分
未鑑定
刃長
25
所蔵・伝来
畠山政長 →
足利将軍家

来派

来派」(らいは)は、鎌倉時代中期から南北朝時代にかけて山城国(現在の京都府)で刀剣を作刀した流派。

始祖は高麗(こうらい:現在の韓国)からの帰化人の子である刀工「国吉」と言われていますが、現存する作が残っていないため、国吉の子「来国行」が実質的な始祖と見なされています。来派で特に著名なのは、短刀の名手として名高い「来国光」。来国光が作刀した「短刀 銘 来国光(名物 有楽来国光)」は、織田信長の末弟「織田有楽斎[織田長益]」(おだうらくさい[おだながます])が「豊臣秀頼」から拝領した国宝の短刀です。

短刀 銘 来国光(名物 有楽来国光)
短刀 銘 来国光(名物 有楽来国光)
来国光
(名物
有楽来国光)
時代
鎌倉時代
鑑定区分
国宝
所蔵・伝来
豊臣秀頼 →
織田有楽斎 →
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

長谷部一派

長谷部一派」(はせべいっぱ)は、南北朝時代から室町時代にかけて山城国で刀剣を作刀した流派。

開祖は「長谷部国重」(はせべくにしげ)。長谷部国重は、織田信長の愛刀である「へし切長谷部」(へしきりはせべ)を作刀したことで知られています。長谷部一派の作は、山城国で栄えていた他の流派と比較して、五箇伝のひとつ「相州伝」を思わせる「強度が高く、見た目に美しい」作風となっているのが特徴です。

へし切長谷部
へし切長谷部
長谷部国重
本阿(花押)
黒田筑前守
鑑定区分
国宝
刃長
64.8
所蔵・伝来
織田信長
黒田官兵衛
福岡市博物館
へし切長谷部
へし切長谷部など、様々な「名刀」と謳われる刀剣を検索できます。

中国・四国地方の流派

備前長船

備前長船」(びぜんおさふね)は、南北朝時代に備前国(現在の岡山県東部)で刀剣を作刀した流派。

備前長船は、「長船三作」(おさふねさんさく)や「長船四天王」(おさふねしてんのう)などの異名を持つ名工が多く存在。また、鍛えた刀剣の量も全国最多で、時代に適した刀剣を多く作刀しました。備前長船で作られた刀剣は「長船物」(おさふねもの)と呼ばれており、現代でも高く評価されています。「小太刀 銘 長光(有栖川宮家伝来)」は、備前長船を代表する刀工「長光」(ながみつ)が作刀した刀剣。「有栖川宮熾仁親王」(ありすがわのみやたるひとしんのう)の愛刀と言われており、同工の特色がよく表われた1振です。

小太刀 銘 長光(有栖川宮家伝来)
小太刀 銘 長光(有栖川宮家伝来)
長光
時代
鎌倉時代
鑑定区分
重要美術品
所蔵・伝来
有栖川宮家 →
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

一文字派

「一文字派」(いちもんじは)は、備前国で刀剣を作刀した流派の総称。通常、「一文字」と言うと鎌倉時代初期~鎌倉時代中期にかけて栄えた「福岡一文字派」、または鎌倉時代後期~南北朝時代にかけて栄えた「吉岡一文字派」のどちらかを指します。一文字派の開祖は、「御番鍛冶」(ごばんかじ:各月交替で作刀を担当する刀工)で5月を担当した刀工「則宗」(のりむね)。則宗は、「後鳥羽上皇」から「天下一の名匠」と讃えられたことに起因して銘に「一」の字を切るようになったと言われています。

刀 無銘 一文字
刀 無銘 一文字
無銘
時代
鎌倉時代中期
鑑定区分
重要刀剣
所蔵・伝来
蜂須賀家
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

古伯耆派

「古伯耆派」(こほうきは)は、平安時代中期から鎌倉時代初期にかけて伯耆国(現在の鳥取県西半部)で刀剣を作刀した流派。古伯耆派で特に著名なのは「大原安綱」(おおはらやすつな)とも呼ばれる「伯耆安綱」(ほうきやすつな)です。伯耆安綱は、日本刀の様式が反りのない直刀から、弓なりの反りが付いた湾刀(わんとう)へ移行した時代に活躍した刀匠で、国宝に指定されている「童子切安綱」(どうじぎりやすつな)を作刀したことで知られています。

刀 無銘 伝安綱
刀 無銘 伝安綱
無銘
時代
平安時代
鑑定区分
重要刀剣
所蔵・伝来
西園寺家 →
豊臣秀吉 →
西園寺家 →
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

九州地方の流派

左文字一派

左文字一派」(さもんじいっぱ)は、鎌倉時代後期から室町時代初期にかけて筑前国(現在の福岡県北西部)で刀剣を作刀した流派。

九州地方で随一の技巧を誇った流派であり、その作は織田信長や豊臣秀吉などの天下人から愛されました。左文字一派で特に著名なのは「大左」(おおさ)とも呼ばれる「左文字源慶」(さもんじげんけい)。左文字源慶は、「江雪左文字」(こうせつさもんじ)や「太閤左文字」(たいこうさもんじ)、「小夜左文字」(さよさもんじ)のほか、「宗三左文字」(そうざさもんじ)の通称で知られる「義元左文字」(よしもとさもんじ)を作刀したことで知られています。

義元左文字(宗三左文字)
義元左文字(宗三左文字)
織田尾張守信長 永禄三年五月十九日義元討捕刻彼所持刀
時代
南北朝時代
鑑定区分
重要文化財
所蔵・伝来
三好政長 →
武田信玄
今川義元
織田信長 →
豊臣秀吉 →
徳川家 →
建勲神社
宗三左文字
宗三左文字など、様々な「名刀」と謳われる刀剣を検索できます。

高田派

「高田派」(たかたは)は、南北朝時代から安土桃山時代にかけて豊後国高田地区(現在の大分県大分市鶴崎近辺)で刀剣を作刀した流派。高田派が作刀した刀剣は「豊後刀」(ぶんごとう)や「高田物」(たかたもの)と呼ばれ、品質の高い刀剣として全国的に流通しました。

なお、南北朝時代~室町時代に作刀された高田物は「古高田」(こたかた)、室町時代~安土桃山時代に作刀された高田物は「平高田」(たいらたかた)と分類されています。豊後刀を作刀した刀工で特に著名なのは「紀新大夫行平」(きしんだゆうゆきひら)、通称「行平」(ゆきひら)です。行平は後鳥羽上皇の御番鍛冶のひとりに任ぜられる優れた刀工でしたが、その一生には不明な点も多いと言われています。

太刀 銘 豊後国行平作
太刀 銘 豊後国行平作
豊後国行平作
時代
鎌倉時代初期
鑑定区分
特別重要刀剣
所蔵・伝来
一橋徳川家伝来→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

延寿派

「延寿派」(えんじゅは)は、鎌倉時代末期から室町時代にかけて肥後国菊池郡隈府(現在の熊本県菊池市隈府)で刀剣を作刀した流派。

延寿派の刀剣は、「寿が延びる」と表記されることから縁起物として人気が高く、大名家の贈答品として愛されました。また、延寿派は肥後国の豪族「菊池氏」が考案したと言われる「菊池槍」(きくちやり)と言う槍の作刀を行ったことでも知られています。

槍(菊池槍) 無銘
槍(菊池槍) 無銘
無銘
時代
室町時代
鑑定区分
未鑑定
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

刀剣の流派

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日本刀の書物

日本刀の書物
近年、ゲームや舞台、アニメなどの影響で若い世代が日本刀に魅了されるようになりました。そこで「日本刀鑑賞」と言えば、やはり日本刀を所蔵している美術館や博物館に出向くことを考える場合が多いかもしれません。しかし実物だけが日本刀の資料ではありません。書物として残される日本刀の記録も十分な価値を持っています。日本刀に関する本は、刀身や茎(なかご)を写した「押形」(おしがた)が有名ですが、刀剣についての和歌を収録した本や、試し斬りの実験結果をまとめた本など、たくさんの本が存在するのです。日本刀にまつわる書物と共に、その歴史を追っていきましょう。

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日本刀のオークション

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刀の「写し」、「贋作」、「レプリカ」の違い

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刀剣には、「本歌」(本科)と呼ばれる原作刀工による原作刀剣の他に、「写し」、「贋作」、「レプリカ」が存在する場合があります。本歌が優れていればいるほど、「写し」、「贋作」、「レプリカ」が作られるとも言えるのです。「写し」、「贋作」、「レプリカ」とは何なのか。それぞれの違いや作られた目的、メリット(利点)、デメリット(欠点)についてご紹介します。

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名刀が観られる博物館・美術館

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刀の魅力(姿・刃文・地鉄)

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日本刀は、数ある刀剣類のなかでも最も見た目が美しいと評される刀です。また、漫画やゲームが好きな人であれば、「最強の武器」としての日本刀に大きな魅力を感じ、美術館などに赴いてその刀身(とうしん)を観るだけでもテンションが上がります。そして、日本刀の魅力はそれだけではありません。刀身をじっくり観れば、1振1振の形状が違ったり、その表面に美しい模様が付いていたりすることに気が付きます。人びとが日本刀に魅了される理由とは何か。日本刀の魅力を各部位の特徴と共にご紹介します。

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