刀の基礎知識

日本刀の書物

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近年、ゲームや舞台、アニメなどの影響で若い世代が日本刀に魅了されるようになりました。そこで「日本刀鑑賞」と言えば、やはり日本刀を所蔵している美術館や博物館に出向くことを考える場合が多いかもしれません。しかし実物だけが日本刀の資料ではありません。書物として残される日本刀の記録も十分な価値を持っています。
日本刀に関する本は、刀身や茎(なかご)を写した「押形」(おしがた)が有名ですが、刀剣についての和歌を収録した本や、試し斬りの実験結果をまとめた本など、たくさんの本が存在するのです。日本刀にまつわる書物と共に、その歴史を追っていきましょう。

「首切り浅右衛門」が著した「懐宝剣尺」

懐宝剣尺」(かいほうけんじゃく)は、刀の切れ味による位列(いれつ:等級)を定めた業物表を主とし、試し斬り(試し切り)の要領などが書かれた刀剣書です。

江戸時代の「御様御用」(おためしごよう)という、刀の試し斬り役を務めた山田家5代目「山田浅右衛門吉睦」(やまだあさえもんよしむつ)が1797年(寛政9年)に出版しました。また、試し斬り役を務めたことから「首切り浅右衛門」の異名を持っていたと言います。

出版にあたって山田浅右衛門吉睦以外に試し斬りを行なったのが「須藤五太夫」(すどうごだゆう)で、文字・文章の校正には山田浅右衛門吉睦の門人「今井右門」・「小松原甚兵衛」・「山田権之助」です。これをさらに編集したのが、肥前国(現在の佐賀県長崎県)唐津藩士「柘植平助」(つげへいすけ)だとされています。

「刀の試し斬り」とは、切れ味が鋭い最強の日本刀や耐久性を試すために、藁や畳、竹などを利用して切り抜く実験です。ヨーロッパの試し斬りは動物で行なうことが多いのですが、日本では罪人の遺体を使用するのが一般的でした。

しかし戦国時代が終わり、実際に人を斬る機会が減ったことで日本刀の評価が困難となっていきます。こうした時代の流れを受けて試し斬りの役目を徳川将軍家から得ていたのが山田家で、その当主が代々「山田浅右衛門」を名乗るようになりました。試し斬りは、将軍が佩刀(はいとう)するための刀を依頼される場合もあれば、大名家から依頼を受ける場合もあります。懐宝剣尺は、長年の試し斬りによる切れ味の評価をまとめた書物なのです。

日本刀の位列については、「最上大業物」12工、「大業物」21工、「良業物」50工、「業物」80工の4段階に分けられ、計228工になる刀剣の評価が行なわれました。本書にて、「最上大業物」に「長曽祢興里」(ながそねおきさと)が選出されたことで、長曽祢興里の制作した日本刀が人気を博する理由となったと言われています。

徳川十五代将軍一覧
江戸時代を語る上で欠かせない徳川十五代将軍の姿を紐解きます。

最上大業物12工

古刀

  • 「長船秀光」(おさふねひでみつ)
  • 「長船元重」(おさふねもとしげ)
  • 「孫六兼元」(まごろくかねもと:別名[関の孫六])

新刀

  • 長曽祢興里
  • 「長曽根興正」(ながそねおきまさ)
  • 「多々良長幸」(たたらながゆき)
  • 初代「肥前忠吉」(ひぜんただよし)
  • 「陸奥守忠吉」(むつのかみただよし)
  • 「津田助広」(つだすけひろ:別名[ソボロ助広])
  • 初代「仙台国包」(せんだいくにかね)
  • 初代「三善長道」(みよしながみち)
  • 4代「三原正家」(みはらまさいえ)

懐宝剣尺の改訂版として出版した「古今鍛冶備考」

「古今鍛冶備考」(ここんかじびこう)は、前述した懐宝剣尺の追加・修正版です。著者の奥書(おくがき:本の巻末に著者名・年月日などを書き入れること。奥付とも言う。)は、懐宝剣尺を書いた山田浅右衛門吉睦となっていますが、真実は同じく編集を担当していた柘植平助(つげへいすけまさよし)というのが現在の定説。奥書の名前が山田浅右衛門吉睦となっている理由は、山田浅右衛門吉睦が出資者であったため著者名を譲ったのではないかと言われています。

古今鍛冶備考

本書は、1830年(文政13年/天保元年)に出版とありますが、これについても実際は1831年(天保2年)だというのが有力です。

内容は、刀工の経歴や(めい)、(なかご)の押形を中心としています。最上大業物が13工、大業物22工、良き業物54工、業物91工、追加で66工の合計246工を掲載。

1900年(明治33年)と1975年(昭和50年)に、それぞれ復刊しています。

鍛冶師と研師の和歌を載せた「東北院歌合」

東北院歌合

「東北院歌合」(とうほくいんうたあわせ)は、鎌倉時代の貴族達が「職人」に仮託して詠んだ和歌を収録した絵巻物です。別名を「東北院職人歌合絵巻」や「健保職人歌合」とも言い、そのなかに「鍛冶師」(かじし)と「研師」(とぎし)の和歌が収められています。

東北院歌合は、1214年(健保2年)の9月13日の夜に「東北院」([藤原道長]が建立した[法成寺]にあるお堂のひとつ)に参詣した職人達が、貴族の歌合を真似て「月」と「恋」について歌を詠んだという設定です。

「歌合」とは、2組に分かれた組のなかから歌人を1人ずつ選出し、和歌を詠み、そのでき映えを競う文芸批評会です。東北院歌合の場合は、「判者」(はんざ)と呼ばれる審判役を「経師」(きょうじ:書画や屏風などを表装する職人)が務めます。そして職人の種類は、医師・鍛冶師・研師・巫女・海人で1組、さらに陰陽師・番匠・鋳物師・博打師・買人を1組として計10人。1人2首ずつ詠んだので全部で20首が収録、絵と詞書(ことばがき:絵巻物の説明文)に分かれています。

鍛冶の歌は「月にねぬ宿とや人の思ふらん いつも絶せむあひづちのをと」と「わが恋はなまし刀のかねあまみ 思きれどもきられざりけり」の2首を収録。前者の和歌に出てくる「あひづち」は「合槌」であり、2人で鉄を交互に打つことを言う日本刀作りから生まれた言葉です。そうしたことが転じて現在は、相手の話の調子に合わせ、会話の合間に同意や同感の意味を込めて返事を短く返すことを言います。

研師の歌は、「我宿の砥水にやどる月影の あやしやいかにさびてみゆらん」と「君ゆえにきもも心もとぎはてて 我身計りぞきえなかりける」の2首を収録。前者の和歌に使用されている「砥水」(とみず)は、研師が刀を研ぐときに使う水のことです。そして後者の和歌に登場する「とぎはてて」は「研ぎ果てて」にかけているのでしょう。

東北院歌合は、写本がいくつか残されています。「曼殊院」(京都府京都市左京区)伝来の「曼殊院旧蔵本」と呼ばれる写本を「東京国立博物館」(東京都台東区)が所蔵。その他は、旧皇室「高松宮」家の「高松宮家本」、「フリーア美術館」(アメリカ/ワシントン)の「フリーア美術館本」です。このなかでは、曼殊院伝来の写本が最も古い物だとされています。

絶版となった「校正古刀銘鑑」

校正古刀銘鑑

「校正古刀銘鑑」(こうせいことうめいかん)は、「本阿弥長根」(ほんあみながね)が古刀鍛冶の系図を主として、刃文(はもん)や帽子、鑢(やすり)などをまとめた刀剣書です。

著者である本阿弥長根は、刀剣の鑑定や研磨などを家業とした本阿弥家の出身で、書家や陶芸家としても有名な「本阿弥光悦」(ほんあみこうえつ)の孫にあたる人物です。

本書は、本阿弥家が請け負った刀剣の刀装具・磨上げ(すりあげ:長大な刀剣を短くすること)・象嵌入れ(ぞうがんいれ:本阿弥家が鑑定後に入れた銘のこと。大磨上げ品は金象嵌、無銘品は朱銘を刻んだ。)、彫刻などの控え帳を参照し、40年余の歳月を費やして1830年(文政13年)に出版。しかし、本阿弥分家の出身であった本阿弥長根は、本阿弥本家から秘伝を多く掲載したことなどを理由に絶版を命じられ、使用した版木を土中に埋められてしまいました。

絶版されてなお本阿弥長根は、出版のためにまとめていた草稿を写し秘蔵していたと言います。しかし複写した書物も、本阿弥長根の養子「本阿弥光佐」(ほんあみこうさ)が遊蕩の末に売ってしまったのです。その後、写本は「尾関永富」(おぜきながとみ)が買い取っています。

尾関永富は、内容や章構成などを変え、題名も「掌中古刀銘鑑」(しょうちゅうことうめいかん)と改題し、1849年(嘉永2年)に出版。掌中古刀銘鑑の章「古刀鑑定秘事録」(ことうかんていひじろく)が、校正古刀銘鑑の写本部分だと伝わります。

日本刀研究の大御所が著した「日本刀」

日本刀

「日本刀」は、日本刀研究や刀剣鑑定の権威である「本間順治」(ほんまじゅんじ)の著書です。本間順治は、1904年(明治37年)に誕生し、1928年(昭和3年)の大学卒業後に旧文部省国宝調査室に嘱託として勤務。戦後は「GHQ」による武器没収の際に日本刀の救済を訴え、美術品として保存・登録制による所持を可能にしました。

その後は、東京国立博物館の調査課長を務め、「日本美術刀剣保存協会」を設立されると理事に就任。さらに文化財保護委員会(現在の文化庁)の美術工芸課長などを務め、刀剣を含めた文化財保護の活動を精力的に進めました。

本書は、1939年(昭和14年)に「岩波書店」より出版された本で、日本刀の歴史や用語解説、保存について、鑑定方法など日本刀の入門書のような内容となっています。「享保名物帳」(きょうほうめいぶつちょう:江戸時代に8代将軍[徳川吉宗]の命で編纂された刀剣帳)に収録されている刀剣や、国宝に指定されている刀剣の一覧を掲載。

さらに「軍刀の選び方」について書かれているのも特徴的で、当時の戦争に対する姿勢が見えてきます。「太平洋戦争」以前の日本は職業軍人が多く、軍人は「軍刀」(サーベル)を帯刀していたのです。その太平洋戦争の最中に本書は再販されましたが、戦後は絶版となり入手はほぼ困難となっていました。

しかし、2019年(令和元年)の10月に数十年ぶりとなる復刻版の販売が決定。表紙は現在の岩波文庫の体裁ですが、内容は当時の活版印刷をスキャンしただけの状態で、現代仮名遣いへの置き換えや旧字体などの難読漢字へのルビもありません。読むに当たっては、漢和辞典などが必須となるかもしれませんが、印刷された当時の雰囲気を感じ取ることができるのではないでしょうか。

また2020年(令和2年)3月に電子書籍も販売されました。こちらは旧字体が新字体へと直されているのでより読みやすくなっています。

日本刀の書物

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