三重県・岐阜県には、城や古戦場をはじめ、歴史を感じられるスポットが多くあります。また、人気の戦国武将のなかにも、三重県・岐阜県にゆかりのある人物が存在。各所に銅像があり、在りし日の戦国武将に思いを馳せることができます。
「三重県・岐阜県ゆかりの武将」では、徳川四天王のひとり「本多忠勝」、本能寺の変で知られる「明智光秀」などの三重県・岐阜県に関連する戦国武将をまとめました。どの人物も三英傑(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)に関連する有名武将です。各武将のページには、その武将の生涯や名言・逸話を掲載。ゆかりの刀剣について解説している武将もいます。武将・歴史好きな方におすすめです。

戦国武将最強とも称される猛将「本多忠勝」(ほんだただかつ)。「徳川家康」を支え、生涯に57度も戦場へ赴いていますが、かすり傷ひとつ負ったことがないと言われるほど勇猛な武将で「徳川三傑」に列せられました。また「徳川四天王」、あるいは「徳川十六神将」のひとりとも呼ばれています。武術はもちろん、知略にも長けていた本多忠勝の生涯に迫ると共に、愛槍の「蜻蛉切」(とんぼきり)についてもご紹介しましょう。

「蒲生氏郷」(がもううじさと)は、「織田信長」に大器を見出されて娘婿となり、各地で武功をたてて実績を挙げました。また、「豊臣秀吉」にも重用されながら、40歳の若さで早逝した戦国武将です。領地の経営や家臣団の統制にも優れ、茶人の「千利休」(せんのりきゅう)にも認められた文化人の一面もあり、キリシタン大名でもありました。今回は、武勇に優れただけでなく文化人としてもその名を馳せた蒲生氏郷の生涯についてご紹介。併せて愛刀であった短刀の傑作にも迫ります。

築城の名手であることや、戦国時代から江戸時代初期にかけて主君を次々に変えたことなどで知られる「藤堂高虎」(とうどうたかとら)は、主に西日本で広く活躍した人物です。現在の三重県津市にあった「津城」は、藤堂高虎が改修したことでも有名で、その城跡は観光名所として親しまれているスポット。そんな藤堂高虎の生涯と、名言・逸話、そしてゆかりある名刀をご紹介します。

「明智光秀」は、室町幕府15代将軍「足利義昭」(あしかがよしあき)や、戦国時代にはじめて天下人となった「織田信長」に仕え、一国一城の主にまで出世した人物です。現在でも歴史的な大事件として語り継がれる「本能寺の変」で織田信長への謀反を起こし、一度は天下をその手につかみます。そんな明智光秀は、実は大名や名家の出身ではありません。今回は、後世に名を残す武将でありながら、謎が多い明智光秀の生涯について詳しくご紹介。さらに、ゆかりのある名刀を見ていきます。

「豊臣秀吉」に仕えた名軍師「竹中半兵衛」(たけなかはんべえ)は、戦国の世にあって数々の戦で豊臣秀吉を勝利に導き、天下統一に貢献。体は弱かったものの頭脳明晰、戦略参謀として活躍し、自身も大出世しました。「三木城攻防戦」で死亡し、現在は兵庫県三木市に眠っている竹中半兵衛。若い頃から主君を勝利に導き、大きな実績を残したその生涯を追い、さらに大切にしていた愛刀についてご紹介します。

日本には戦国時代と呼ばれる戦乱に明け暮れた時代がありました。乱世とも呼ばれたこの時代の中でもひときわ異彩を放った武将が「斎藤道三」(さいとうどうさん)です。斎藤道三の代名詞は、下剋上。一介の商人から美濃国(現在の岐阜県南部)を手中に収める戦国大名にまで成り上がり、その性格から「美濃の蝮(まむし)」とも呼ばれました。斎藤道三の生涯を追ってみましょう。

戦国武将
日本の歴史に登場する戦国武将をイラスト付きでご紹介します。
武将・歴史人の日本刀
武将・歴史人のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。
武将・歴史人イラスト集
刀剣・日本刀に馴染み深い戦国武将や武将・歴史人のイラストをご覧頂けます。

三重県桑名市多度町にある「刀剣ワールド桑名・多度」は、名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」に先立ち、「ホテル多度温泉」内に開館致しました。
「三重県・岐阜県ゆかりの武将」では、三重県や岐阜県に関係する有名な戦国武将をご紹介。その武将の生涯やエピソードなどについて解説しています。
「刀剣ワールド桑名・多度」では、刀剣をはじめ、甲冑、薙刀、火縄銃といった様々な武具が集められており、そのすべてをどなたでも無料でご覧頂くことが可能。「刀剣ワールド桑名・多度」へのご来館をお待ちしております。

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